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テレビ朝日社友会 山と渓谷の会

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久しぶりの登山を満喫できる山として「秩父御岳山」(1080.4m)の下見に今年4月と
5月の2回ほど下見登山に出掛けた。

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 池袋から2時間32分と距離のわりには秩父線秩父三峰口駅は遠い。
 
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 目指す山は正面に間近に見える。ただし本当の頂上はこの先にありここからは望めない。

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 駅を出て荒川が流れる橋を渡ると県道140号線しばらく歩く
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 県道との分かれ道を左折方向へ

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 贄川宿方面に歩を進めると登山口に。    町分登山口に到着
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ここの観光トイレ前で登山の準備をして出発    案山子の乗っている標識を左折

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左折してしばらく墓地があり抜けると 
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見晴らしの良い展望台に出る。三峰口駅が足元に見える。
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杉・檜の樹林帯を登る
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 道のりは長いが登山道は広く凹凸も少なくて歩きやすい。
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2時間半ほどで鞍掛山方向えとの分岐「タツミチ」に到着。一服して頂上を目指す。
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40分ほどで頂上直下の大滝への分岐点へ   3分ほどで頂上に    

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 頂上は四方開けているが比較的狭い
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 昼食済ませて、下山は「強石」へ  しばらく鎖場のあるヤセ尾根を下る
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 振り返ると、今日登った秩父御岳山がはるか先に見える

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                                                                 遠方には滝沢ダムがかすかに見える
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                    頂上から1時間20分ほどで杉のノ峠に到着
                    あと1時間ほどで下山地点の強石に到着だ                     
                                                                        
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   「強石」からはバスに乗れば6分ほどで三峰口駅に戻ってきた。
    要した時間は7時間余りであった。

登山道は一部ヤセ尾根で鎖場がる岩場では慎重に下山しないといけないが、
他は凹凸のない歩き安い道が多くて比較的歩きやすい

 下見の模様を参考にして、参加申し込みをお待ちしています。

   幹事 菊地
    




2017.06.14 / Top↑
岩槻城址公園お花見 4月4日 21名参加 天候 晴れ

旧岩槻市は現在さいたま市岩槻区となっていますが、市庁舎が駅前に移動した
以外はその後それほどの変化がないようで、城下町としてその面影をとどめて
います。
今回は住まいがわりあいと近い世話人の方の協力を得てお花見を催しました。

東武野田線岩槻駅から徒歩でお花見会場の城址公園まで城下町をめぐりました。

 岩槻藩藩校外_512 2017_04040004_512.jpg
遷喬館
寛政11年(1799)に児玉南柯が私塾として開校 藩士の子弟が学んだ。
 岩槻藩藩校内部_512
酒蔵資料館
明治4年創業の酒造店を現在は展示資料館として公開している。
当時の様々な酒造りの道具類が展示されている。またひな人形も飾ってある。
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  酒蔵資料館正面              館主の説明を聴く
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造り酒屋史料館_512 DSCN0658_512.jpg DSCN0660_512.jpg 
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 時の鐘
 
寛文11年(1671)に岩槻城主
  阿部正春公が城内、城下の人々
  に時刻を知らせるために鋳造した。
  途中享保5年(1720)に改鋳して
  今日に至っている。
  現在も1日3回に撞かれている。







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浄源寺
 今年はソメイヨシノが満開になるまで時間がかかったので、枝垂れ桜のほうが先に
  満開になっていた。
2017_04040047_512.jpg 枝垂れ桜_512
枝垂れ桜の下で集合写真
2017_04040054_512.jpg DSCN0680_512.jpg
岩槻城址公園
  この地は岩槻城の南に位置していて鍛冶曲輪と呼ばれている。赤い橋は八つ橋
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桜が良く見渡せる高台の一等地を陣取る。
乾杯の音頭で宴会の開始
DSCN0672_512.jpg DSCN0674_512.jpg DSCN0676_512.jpg DSCN0679_512.jpg DSCN0682_512.jpg 2017_04040067_512.jpg 2017_04040063_512.jpg 2017_04040065_512.jpg 2017_04040066_512.jpg 2017_04040072_512.jpg 2017_04040068_512.jpg 2017_04040069_512.jpg 2017_04040070_512.jpg 2017_04040071_512.jpg 2017_04040084_512.jpg 2017_04040074_512.jpg                                                                    
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  ハーモニカの演奏の余興も出て佳境に 

2017_04040077_512.jpg 2017_04040061_512 - コピー
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お花見の後は集合写真を撮影してお開きとなった
今年も恒例のお花見は春の温暖な天候のもと、和気あいあいの談笑で一日
のんびりとできました。
なお、沼倉氏が当日撮影したVIDEOをYouTubeに掲載していますので
ご覧ください。 
https://www.youtube.com/watch?v=A-Me6608wDI
次回は夏に本格的な登山を予定していますので今から鍛えておいてください。

幹事 菊地




2017.04.19 / Top↑
  岩槻城址公園お花見案内

 

今冬は寒暖差が激しい年でした。「山と渓谷の会」会員各位におかれましては、体調管理に気をつかい、春の訪れを待ちかねているのではないでしょうか。

お待たせしました、4月お花見のご案内です。

今年はさいたま市岩槻区にある「岩槻城址公園」です。岩槻城の歴史は室町時代にさかのぼります。

古河城にいた古河公方・足利成氏に対抗するため、長禄元年(1457)、扇谷上杉持朝が太田道真・道灌父子に命じて築城させ、寛正五(1465)年に完成した。太田道灌の甥で養子となっていた図書頭資忠が下総臼井城の合戦で戦死した後、資忠の弟、資家が城主となった。大永五(1525)年二月、江戸城を攻略した小田原城主・北条氏綱は岩槻城を攻め、城主資頼の家臣・渋江三郎を内応させ岩槻城を占領した。城を奪われた資頼は一旦武蔵石戸に逃れたが、享禄三(1530)年九月、渋江三郎を討って岩槻城を奪還した。資頼から家督を受け継いだ資時は密かに北条氏と気脈を通じ、天文十五(1546)年の川越城をめぐる攻防でも北条氏に義理を立てて出陣しなかったが、資頼の次男、資正は上杉方に参陣した。この頃、資時が病死したため、資正が岩槻城主となった。

天文十五(1546)年の河越夜戦で北条氏が武蔵から上杉勢を一掃した後も、城主・太田三楽斎資正は孤軍奮闘、一時期北条氏の傘下に入り、結城城主・結城政勝らとともに常陸小田城主・小田氏治と山王堂で激戦を展開したりしたが、永禄三(1560)年、上杉謙信の関東出陣に呼応し、翌年の小田原城攻撃では先鋒として活躍した。

天正八年(1580)、北条氏政の三男・氏房が太田氏を嗣ぎ、岩槻城は北条氏の直轄となった。天正十四年(1586)以降、豊臣氏の上洛要請を無視したことで緊張が高まり、このときに大構え(惣構え)が拡張工事された。天正十八(1590)年の小田原の役では氏房は小田原城に入城し、岩槻城には城代・伊達与兵衛房実ら二千を置いたが、浅野長吉率いる二万の軍勢の前に激戦の末、降伏開城した。

家康が関東に入ると、譜代家臣の高力清長が二万石で岩槻城に入った。その後も江戸を守る要衝として青山・阿部・板倉・戸田・藤井・松平・小笠原・永井氏らの譜代大名の居城となった。江戸中期に大岡忠光が入り藩士が固定され、大岡氏八代のときに廃藩置県で廃城となった。

現在は一部が岩槻公園になっていが、肝心の本丸は住宅地域になってしまいました。もともとは元荒川周囲の湿地に浮かぶ城で、現在もわずかに沼地が残り、低湿地だったころの面影を残しています。


今も面影が残る城跡で、大いに呑み、一日のんびりと過ごしましょう。参加をお待ちしています。


1岩槻公園 2岩槻公園 

岩槻城址公園イメージ  

ホームページに下見報告がありますので参考にしてください


日時・・平成29年4月4日(火)1015分東武野田線岩槻駅改札口前

     JR大宮駅から乗り換えて12分で到着です。

雨天中止 (当日雨の場合はメールまたは朝7時までに電話をいたします。

それより早く家を出る方は電話をください)

 

行程・・岩槻駅発(10時20分発)→東玉・人形の博物館(10時22分着)→岩槻藩遷喬館

(10時40分→酒蔵資料館(10時55分)→諏訪神社(11時30分)→岩槻城址

(12時00分)(見学時間30分)→お花見宴会12時30分開始(2時間)

 

参加費用・・ 200 (おつまみ+アルコ-ル飲料)

旅行傷害は平地なので加入しません。もし必要な方は申し出ください。

昼食は各自用意のこと。交通費各自負担

 

持ち物・・・昼食・飲み物・レジャーシ-ト・タオル・雨具・その他各自必需品

 

申込期限・・3月24日(金)厳守

 

申込先・・・幹事  菊地一行  

          Email: kikutian@nifty.com  







2017.02.22 / Top↑
1月23日にさいたま市岩槻区にある「岩槻城址公園」へ4月のお花見に向けて3人の
世話役の方々と下見に行ってきました。
ここ岩槻は、かっては埼玉県の東部に位置した市であったのですが、2005年4月に
さいたま市に編入されさいたま市岩槻区となりました。市の中心部は江戸時代、岩
槻藩5万5000石の城下町であり日光御成街道の宿場町として発展しました。
今回は室町時代は1457年(長禄元年)に築城された岩槻城(岩付城、岩附城、
白鶴城、浮城とも呼ばれた)城址でのお花見です。

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 八つ橋  ギザギザに曲がった朱塗りの橋 渡った先がお花見会場
 
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 菖蒲池 カワセミが飛来する 

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堀障子(ほりしょうじ)   城の堀に設けられた障害物で敵の移動を妨げたり、飛び
                道具の命中率を上げることを目的として築かれた空堀。

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   鍛冶曲輪                                                                  白鶴城址碑

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 花見会場はこの周辺で           移築された岩城城門 黒く塗られて
                          いるので「黒門」と言われている。
                          幅約13m 奥行3.7mの長屋門形式 

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人形塚 昭和46年(1971年)10月15日を「人形の日」と決め、埼玉100年を記念として
      建立された。人形つくりの起源は江戸時代のはじめ1630年頃とされている。
 
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岩城城裏門 江戸時代後期の明和7年に当時の城主大岡氏のときに修造された。
         間口約3m、奥行約2m。左側は袖塀、右はくぐり戸になっている。

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浄源寺 浄土真宗本願寺派寺院の浄源寺は、僧善正が開山したといいます。
      境内にあるしだれ桜が有名です。

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遷喬館(せんきょうかん)
寛政11年(1799年)、岩槻藩に仕えていた儒者・児玉南柯が創設した私塾です。
文化年間(1804年から1817年)に藩校となり、儒学を中心とした講義が行われ、
藩士の子弟らがここで学びました。 茅葺、平屋建ての30坪ほどの建物です。


下見では岩槻駅からじかに岩槻城址公園まで行きましたが、本番当日は、町
中の建物等を訪ねながら岩槻城址公園に向かいます。従いまして掲載の写真
とは逆方向になりますのでご注意ください。

幹事 菊地


2017.02.03 / Top↑
12月14日 恒例の高尾山登山に忘年会を兼ねて、何時もの京王高尾山口駅前に
集合した。
前日の天気予報では雨の模様であったが、当日は何とか雨も上がり雨カッパを
着なくてもすみそうだ。
22名登山参加者で忘年会のみの出席者は当日1名欠席となり2名で合計24名と
なった。

何時もの通りケーブル利用での登山と稲荷山コースとの二手に分かれれて登山
開始した。

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16年忘年登山 大見晴亭  DSCF7479_400
頂上の蕎麦屋「大見晴らし亭」で昼食をtoltuta撮った

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昼食後の高尾山頂での記念撮影
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 毎年お世話になってぃる「館」で忘年会の開始
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宴もたけなわ、ここで健康状態、近況、趣味など思ったことを各人話をしてもらうこととした。
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        忘年会終了後の集合写真撮影

今年は2名の山渓の会員が旅立ってしまい真に残念であったが、来年も健康に留意して
いつまでも楽しく集いたい。

2017年は4月のお花見の予定です。1月中に下見をして場所を選定しお知らせします。
それでは良いお年をお迎えください。

幹事 菊地


2016.12.26 / Top↑
まとめ